社会の毒 ―少年漫画症候群(ジャンプシンドローム)―

読んだらもう1回作品を見返したくなる、そういうレビューを私は書きたい

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食戟のソーマ 反逆者たちとセントラルの違いが示す勝敗の行方

妖しい竜胆先輩


久々にソーマ考察です

このところの本編は何だか単純な作劇が続いているようにも見えて、考察熱というのは結構下がっていた感じだったんですが
1つ思い浮かんだことがあったので書いてみようと思いました

テーマは、創真と薊たちとの違い
さらにそれがもたらす影響と勝敗の行方です

これ、前から地味に気になっていたことではあったんですよね

薊の学園総帥就任に始まる遠月革命篇
薊メソッドと呼ばれる教育方針の一新は、創真たちにとっては到底承服し難い内容の教育体制となりました

しかし、その教育方針を掲げる薊を十傑たちの過半数が受け入れたという事実は
創真たちと彼らとの間にどのような考え方の違いがあるのかを疑問として浮かび上がらせることとなります

その内容が、ようやく少し見えてきたなというのが今回の考察です

そしてその「見えてきた内容」は、連隊食戟における勝敗の行方にも影響を及ぼすと考えられるものではないかと感じております

ではそれは一体どういうことか、順を追って説明していきましょう


※本誌のネタバレを含みますのでコミックス派の人注意



[タグ] 食戟のソーマ






創真たちの価値観と薊メソッドの違い


革命篇が始まってからの疑問だったこれについては、実は最近ではなく結構前にその違いに連なる事実が描写されています


コミックスで言えば第20巻
「鶏卵の天ぷら丼」を食べたえりな様が、自身の中で凍っていた想いの熱に気がついたあの時ですね

あの時えりな様が気がついたのは、「料理人たちは自由でありたがっている」との考えでした

セントラルが認める皿以外は料理と呼ばれないこと
セントラルが認める調理法しか許されないこと

自分たちのやり方を学園の生徒達に強制する薊メソッドに対して、自身も望んでいたこととしてえりな様が気づいたのは「料理人たちは自由でありたがっている」との感情だったわけです

つまり、来る進級試験に向けてえりな様が目を醒ますための展開となったこの場面において、創真たちとセントラルとの対立軸は
「自由を求める者たち」と、「自分たちのやり方の模倣を強制する組織」という構図になっていました

まあ少年漫画での対立構図としてはよくあるわかりやすい形ですね

で、それぞれが自分の要求を掲げて全面対決することとなったのが今まさに繰り広げられている連隊食戟であるわけですが…


そういう対立構図を踏まえた時、この連隊食戟ではどちらの要求に優位性があるか、その勝敗の理由を示すことが必要になります
それを描かずに勝負が終わってしまっては、単に対戦者同士の実力差だけで勝敗が決まってしまうこととなり、どっちが勝っても納得感に欠けるからです

単純な対決者個人同士の腕の高低とは異なるところにある「それぞれの主張の優劣」を示さなければ、わざわざこんな勝負を描く意味が無いのです

しかし本作において、「自由な創造を求める者たち」と「模倣を強制する組織」との勝負で、互いの信念の優劣をわかりやすく示すのには
非常に難しいものがあります

勝負では結局どちらも思い思いの料理を作って審査に供するからですね
自由を求める創真たちがお題に対して好きな品を作るのは主張と合っていますが、セントラル側だって自分で決めています
模倣を強制する組織だからといって、例えばお題に対して薊が決めた料理と調理法を実行するわけではないのです

ならば、そのような対戦においてそれぞれの優劣を示すためには、それぞれ作る品に通底するものが必要となります
どうして自由な創造を求めるのか、模倣を強制することでどんなメリットがあるのか
主張や信念の「核」となるべきものが互いに描かれなければ、最終的な勝敗に意味が残らなくなるからです

互いの要求に伴うメリットとデメリットを天秤にかけて、なお自分の要求のほうが優れていることを示すことでこそ真の勝利を得られるといえるでしょう
それこそがそれぞれの主張の核となるものであり、その激突にこそ「同一の信念を掲げる料理人たちが戦う」という連隊食戟の意義があるはずだからです


その核となる部分について、当初俺は、自由を求める創真たちと自分たちのやり方以外を認めずそれを他者へも強制しようとするセントラル、
という構図で理解したまま他に思いついていませんでした

しかしそれでは何かどうにもしっくり来ないなと思っていたところ、栗うさぎさんちで以下のような感想が書かれていたのを見て、ビビッときたのです

 
どうやら、寧々先輩の時もそうでしたが、セントラル側は自分の料理だけを見ていて“人”を見ていないという姿勢が窺えます。
 ですがこれは、「良い料理人になるには自分の全てを捧げたいと思える人に出会う事」「出会いが無ければ料理人は前に進めない」という、作中最大の指針である城一郎の言葉と相反する姿勢です。
 何故なら、城一郎のこれらの言葉は“人”の事を見ている言葉なのですから。



これを見た時にですねー
結構衝撃だったんですよ

そういうことだったのかー!って思ったんですよ

調理法の模倣とか自由性とかじゃなくて、皿の上に見ているものの違いだったんですね

セントラルのメンバーが見ているのは自分の料理だけで、人を見ていない
言い換えるなら、いかに芸術的で美しい品を作るかということばかりに集中していて、それを食べる人のことは考えていないということになるでしょうか

最初の対戦カードだった創真と紀の国先輩の対決が、まさにそこによって勝敗を分けたのは、初戦に象徴的な意味を持たせるための作劇だったのかもしれませんね


…そう考えた時、特に今までの展開も含めて、さらに見えた(ような気がした)ことがあったんです


セントラルの料理には「食べてほしい人」がいない


これが、セントラルの料理において最も特徴的なことなんじゃないかと思うのです

人を見ずに皿の上ばかり気にしている彼らの料理には、誰が食べるための料理なのか、誰に美味いと言わせたいのかという点が欠如しているのではないかと

もちろん彼らとて、作るだけ作って誰も食べないまま放置するような料理を作ってるつもりはないでしょう
作った以上は誰かが食べるもんだと考えているのは間違いないはずです

しかし、そこにあるのは「自分の作った料理を食べないなんてのはありえない」という認識
それは自負というより傲慢に近いものであるはずです

自分がこれだけ技術の粋を集めて作った料理を、これだけ完璧に練り上げた料理を、食べたくないと思う人がいるわけがない
いるとしたらそれは美食の真の価値がわからない下賤な者だと

しかし、完璧な技術や素材の活かし方などを徹底的に身につけ、その自分と同じ調理法を強制する彼らには
その味を生み出すのは一体誰のためなのかという視点が欠けているように思うのです

その料理を誰に食べてほしくて、その料理を誰に味わって欲しくて、それほどの技術や知識を身に着けたのか
セントラルの十傑たちの料理が、「完璧に作る」なんて言わば手段が目的化しているような状態であるとするならば、
「誰かに食べてもらう」という料理を作るそもそもの理由を見失っているのではないかと

連隊食戟初戦で創真に敗北した紀の国先輩が一番わかりやすくそれを示してくれていました

そばの調理にかけては誰にも負けないと言いながら、温度差による風味の違いに気づかなかったこと
「凄腕のそば職人を名乗るならそんなの気づかないわけがないだろ」と感じた人にとっては安易な展開に映ったようですが、
この展開は、食べる人のことを考えていた創真と、食べる人のことよりも自分の技術を存分に発揮することを考えていた紀の国先輩という対比のために描かれたものですね

初戦ということでその焦点がわかりやすい内容にしたのではないかと考えられるわけです


ちなみに、じゃあ一色先輩の対戦の方はどうだったかと言えば、こっちの方は描かれた内容を見る限り一色先輩のが食べる人のことを考えていたということはありません
代わりに、寮の後輩たちの試作品や技術を借りて仕上げた料理ということで、城一郎のもう1つのセリフ「出会うことでしか料理人は前に進めない」を体現したものです

すなわち、お題すら描かれなかった女木島先輩を除いて、連隊食戟最初の対戦は城一郎が示した作中是に則っての勝利だったということができるわけですね

さらに言えば、この連隊食戟に限らず今までの展開に対しても同様の観点を取ることができます


創真の勝利方法


最もわかりやすいのが、この連隊食戟の直前の勝負となった創真対葉山の対決でしょう

進級と退学を賭けての勝負であり、創真にとってはもちろん負けられない戦いだったわけですが
この試合の勝敗を分けたのは「食べて欲しい相手がいるかどうか」だったからです

あるいは連隊食戟前にそうした勝敗の理由となる対決を描いたのは、わざとだったのかもしれません


創真の皿が思わぬ評価を受けていることに驚き、自分もまた最大限の試行錯誤をしたのだと豪語する葉山に対して、
堂島先輩が象徴的な台詞を口にしていました



誰のための皿かもわからないまま

たった一人で
誰のための皿かもわからないまま…か?



誰にも相談することなく、誰の手も借りることなく、ただ1人だけで作り上げた皿
それは、かつて誰かの笑顔を思い返しながら作り上げていた選抜決勝の皿とは決定的に異なるものでした

回想の中で、ふと相談しようとして振り返った後ろに誰もいなかった場面はわかりやすいものでしたね
この時葉山が作った皿には、「食べて欲しい相手がいなかった」のだと

「こうした方が美味いかもしれない」と思った時に相談したくなる相手とは、すなわち自分の料理を食べて欲しい相手です
自分が作った料理を口にして、「美味い」と言って欲しい相手です

振り返った後ろに誰もいなかったあのシーンは、かつて葉山にいたはずの「すべてを捧げられる相手」が
この皿に限ってはいなかったということを示しています

だから堂島先輩は続けて指摘する



抜け落ちていた精神

誰かに美味いと言わせたい
その精神が抜け落ちていたのではないか?



これに対して、勝利した創真には明確にこの品を食べて欲しい相手がいました

それこそは、他ならぬ対戦相手葉山

選抜決勝で敗北した雪辱を果たすため、葉山にこそ美味いと言わせてやりたい
葉山にこそこの皿の美味さを認めさせたい

その明確な一念があったからこそ、「食べて欲しい相手」のいなかった葉山に勝利することとなったのでした

誰に食べて欲しいと思う料理なのか、誰に美味いと言わせたいのか
それこそは、皿の向こうにいる「人」を意識していることそのものであると言えるでしょう

そしてそれは、城一郎が語っていた「あの言葉」に通じるものでもあります


料理人が料理を作る理由



すべてを捧げる女

第1話でのこのセリフですよ
料理人にとって最も重要なのは、自分の料理を食べて欲しい相手を見つけることだと

ここなんですねー


料理人が料理を作るのは、「山に登るのはそこに山があるから」というような話と同次元のものではありません
なぜなら、料理とは誰かが食べるために作るものであるからです

自分で食べるため、あるいは誰かに食べて欲しいがために作るのであって、
「作れば必ず誰かが食べるさ」というわけではないのです

少なくとも、「作るために作る」という性質でないことは、上記のセリフにより作中で明言されています

つまりは、誰のためにその技術を習得するのか、知識を会得するのか、味の組み合わせを探求するのか、ということなのです
料理という荒野をひたすら彷徨うのは誰のためなのかと

もちろん自分のためだというのが駄目なわけではありません
最初は誰でも自分が楽しいからのめり込んでいくのでしょうから

しかし、ただ自分のためだけに料理を追求していくのではいずれ限界が来ます
自分のためにしか料理の研鑽ができないのであれば、作った料理を食べられるのも自分しかいないからです

誰かに食べてもらうことも料理における重要な側面であるとすれば、誰かのために研鑽を続けることの重要性は言うまでもないでしょう

かつての城一郎が嵐に呑まれて挫折してしまったのは、そのいずれもがなかったためだと考えられます
ただひたすら次から次に斬新さを求められることで 「料理を作るためだけに作る」という状態になってしまって、
「誰のため」はもちろん、自分のためですらなくなってしまって、自分でももう何をやっているのか、何がしたかったのか、
一切を見失ってしまったがために前に進めなくなってしまったのです

だとすれば、それを救うのは目的の明確化でした
何のために料理を作るのか、という目的が、「この人に美味いと言わせるため、言ってもらうため」と明確になることで、
かつては苦しかった荒野の探求を再開することができたと考えられるのです


皿の上での完成度のみを意識するのではなく、それを食べる「人」のことを考えること
城一郎のセリフが示すそれは作中における正義です

そういえば葉山もかつてはこんなことを言ってましたしね


客のことも考えず

客の事も考えずテメェの料理出したいだけならやめちまえよな!


食べる人のことを考える、という視点を持った時、この言葉はアリス嬢へのお説教とは違った意味で聞こえてきますね


それで、創真たちとセントラルの主張のうち、どちらがその正義を満たせるかというのはもちろん決まっているわけですが…



第2戦目の結果


そういう視点で2戦目の勝負を振り返ってみると、何だかおかしなことになっていることに気づきます

2戦目で最も勝利できる可能性があったのは美作だったわけですが、彼の敗因は単なるコピーミスであり、
模倣の強制や自由な創造という対立軸から少しズレたものとなっているのです

そもそも美作とは強制される前から相手のスキルをコピー=模倣することを得意としており
その技術を磨き上げて、見た瞬間コピーすることまでできるようになっていたこの連隊食戟の場においては
2つの対立軸を絶妙に交錯させる存在として非常に重要な役どころを担っていた男でした

相手の技術や調理を見た瞬間模倣してしまうとは、それを教育方針とするセントラルからしてみれば理想的な料理人である一方
しかし、模倣するだけにとどまらず「アレンジ」を加えた皿を出してくるという点では「自由な創造」をも実践しようとしているからですね

ならば、その「アレンジ」がどのような観点からなされたものだったのか
ころころと小さな小玉寿司という料理の中に、明らかに異質な軍艦巻きを混ぜたのは如何なる理由からだったのかというのが
対立軸の交錯における焦点となるはずでした

そのアレンジは、食べる人のことを考えたものだったのか
それとも皿の完成度をただ上げるためのものなのか
その違いによって勝敗も変わってくると考えられたからです

然るに、明かされた結果は美作の敗北で、その理由はコピーミス
アレンジの品の有無によって何がどうなっていたかというのは全く言及されることはありませんでした

これは、上述してきた考察内容に対して、その部分を作者が無視したように感じられる部分であり
作劇としては非常に違和感を残す内容でした


それは久我先輩と司先輩の勝負においても同様です

久我先輩もまた、美作と同じような特徴を持っているキャラでした

中華研内を自分の専門である四川料理特化へと塗り替え、部員たちに寸分違わぬ調理方法や味を仕込んだ久我先輩は
模倣の強制によって皆が同じような料理・同じような味を作り上げることを目指すセントラルと似たことをやっていたと言えるからです

それでも、久我先輩は薊に認められず十傑から外された
そこにはどのような要因があるのだろうかというのが、深読み好きの洞察でした

が、実際の作劇では、美作の時と同じくそこには全く触れられることはありませんでした
ただ料理の完成度によって勝敗が分けられることとなり、両者の類似性は特に何もなく放置されたままとなったわけですね

それでもメタ的に見れば、久我先輩の敗因は何となく納得できるところはあります

それは、司先輩に対抗して自分の料理にフレンチの技巧を取り入れたこと

十傑に選ばれるほど既に確かなものとなっていた自分の料理に対して、新たな要素を取り入れてさらに挑戦したこと
これが久我先輩の敗因と考えられます

作中では「自分の殻を破る」と、以前に創真やタクミが使っていたフレーズと同じ表現が用いられていましたが
それは裏側から見れば、すでに確固として確立していた自分の料理に全く異質な要素を取り入れたという意味で
自分の料理の土台を揺らしたものと捉えることができるからです

そもそも久我先輩が四川料理を得意とした理由は、「辛いと言いながらそれでも病みつきになってヒーヒー言いながら食べてるのがたまんない」
というものでした

多少歪んでる気もしますが、これもまた「食べる人」を意識した姿勢なんですよね
皿の完成度とかではなく、いかに辛さで人を引きつけるか
それこそが久我先輩のスタンスだったはずでした

しかし、緑茶という正反対のお題と司先輩への対抗意識から自身の料理の特性を存分に活かしきることができなかった
そこに久我先輩の敗因があると考えます

フレンチを取り入れたことを得意げに語る久我先輩の横で、竜胆先輩が何やら白けた顔をしていたのもそういう理由ではないでしょうか

ただし司先輩に対抗するためフレンチを取り入れた久我先輩のやり方は、城一郎の言う「出会いによる進化」と解釈することもできます
とすれば、作中是であるはずのこの要素を持ち合わせていながら負けてしまったのは、やはり違和感を残す展開だといえるでしょう


司先輩の方はと言えば、今までの性質をさらに深化させていました
出された品は第一席らしい完成度のものでしたが、問題はサーブの後

一口食べて悶絶しているアンに対して、「今度は全部いっぺんにいっちゃってください」と告げ、
「そうしないとこの品は完成しないんですからさあほらほら」と畳み掛ける

相手の食べるペースよりも、自分の品の完成を優先していた様子はまさしく「料理のことしか考えていない」という性質の極地だったでしょう
しかも、皿の上で完成するのではなく、全部一緒に食べることに因ってという「舌の上での完成」が目指されていたことはなおタチが悪いものと言えます

舌の上で完成するとは一見食べる人のことを意識しているようでありながら、実際には、より自分の皿の芸術性を見せつけるだけのもの
調理による芸術が完成形へと至る場所が変わっただけで、スタイルそのものは何ら変わっていないんですね

そんな司先輩が完勝したこと
すなわち食べる人のことを考えていない側の勝利となったこと

全く何も描かれなかった竜胆先輩と女木島先輩の対決まで含めて、こうまで作中是と反するセントラルを完勝させるのならば
もう少し何らかの描写が必要だったのではないかと思えます


審査員の特殊性


ではここで、当の「食べる人」である審査員たちについても触れておきましょう

料理学校という舞台や食戟という設定の関係上、本作には出された品を食して評価する「審査員」という人たちが数多く登場します
授業の課題であったり勝負のお題であったり、作られた品に対して判定を下す人がどうしても必要だからですね

で、この「審査員」という立場の人たちには、実は共通していることがあります

食戟の審査員、選抜の予選や本戦の審査員など、色んな人が登場してきましたが、
実は彼らは全て人として扱われていないんですよね


はい
ちょっと極端な言い方をしましたが、どういうことか説明しましょう


選抜予選での審査員が最もわかりやすいと思います

1年生の中から全60人が選ばれて、それぞれ2つのグループに分けられた上で4位までの枠を競った選抜予選
それぞれのグループには5人ずつの審査員がやって来て、各人が作った品に点数をつけていたわけですが…

よく考えたら凄いことだと思うんですよ

何がって、30人がそれぞれ作ってきたカレーをいちいち食べないといけないわけですよ
すべての皿をわざわざ全部平らげたかどうかはわかりませんが、それでも30人分となれば結構な量を食べたはずです

「止められるわけ無いでしょう!」と言いながら口にかき込んでたり、無言でひたすら食ってた時もありました
そんだけ食ってるのに、場面が変われば彼らはけろっとした顔で次々と冷静な評価を下していくわけですよ

一体どんだけの量を食ったんでしょうね
後になればなるほど、味に関係なく「カレーもう飽きた」とかなっててもよさそうなもんですけど

なのに、最後の田所さんのアンコウのどぶ汁カレーまでしっかり味わってリアクションしてくれていました
空腹感の度合いによって同じ品でも食べた印象が変わりそうなもんですけども、そういうことは一切なかったわけです

胃袋の満たされ具合、食欲の持続具合、カレー自体への関心度合
30人もの学生が作った品をひたすら口にしながら、それでも平然とした顔で審査を続けられる
さすがプロ…と言ってもいいんでしょうけど、そんなわけあるか、って感じも拭えません

あと誰ひとりとして好き嫌いもない、とかね
くさやはともかく、例えば納豆とか誰か苦手な人がいてもおかしくないでしょうに
あるいはアレルギーとかね

審査員の情報は別に事前に明かされたりしないわけですから、場合によってはそれもあり得るはずなんです

つまり審査員たちは、ひたすら食べていられる超人的な腹具合に加えて、好き嫌いやアレルギーさえも消去され、
「出てきた品は全部食える」という審査の役割を徹底するように造形されているのです

審査員たちは作中において「人として扱われていない」とはこういう意味です
言い換えるなら、人として当然あるはずの性質を付与されていないというか

審査という役割のために、最低限のキャラ設定と食べて評価するという機能だけを残し、
空腹とか満腹とか気分とか体質とかというものを全て排除されているんですね



最強の料理人


創真たちの勝利の鍵は「食べる人のことを考える」点にあること
そして、審査員たちは「人」としては制約のある描き方をされていること

これまで述べてきたこの2点を踏まえた時、連隊食戟に参加している顔ぶれの中に最強の人物がいることに気がつきます


それは他でもありません

田所さんです


堂島先輩から「心遣い」のスキルを認められ、皿の上に食べる人への気遣いを散りばめる田所さんの料理は
上記2点を前提とした時、そのどちらをも高いレベルで満たす品となるからです

「人として扱われていない」審査員を、「人」として認識して
その体や心を気遣った品を作り上げる

まさに田所さんの「心遣い」が輝く場面と言えるでしょう


例えば地獄の合宿で見せたように、連続していろいろなお題の品を口にする審査員たちのため消化を助ける材料を仕込むかもしれません
アンの二日酔いを心配してその解消を促す調理を施すことだってあり得るでしょう

あるいは3人それぞれの仕草や態度から、同じ品でも大きさを変えてみたり、ボリュームを増減してみたりとか
そんな風に、3人の審査員に対して全く同じ品を提供するのではなく、それぞれに合わせた品を出したりする

もちろんそれは限られた調理時間の中で自ら手順を増やす選択ではありますが、食べる人のことを考えた時、実行しない理由にはならないものです

選抜の予選や本戦では、言うほど「心遣い」のスキルを発揮した料理を見せていたわけではありませんでしたが
スタジエールで接客における「心遣い」も学んできた彼女

田所さんの特訓に四宮師匠が登場してきたのも、その事実を思い出させるものと言えます

ただ実力と技術だけで尖りまくってきた四宮の殻を壊したあのテリーヌ
田所さんが初めて本当の本気で臨んだ一皿は、既にプロとして店を構える歴代十傑たちをも唸らせる出来でした

そこにあったのは、それを食べる相手のことを精一杯思い遣った工夫と配慮
それこそが堂島先輩も認めた田所さんの大きな武器でした


拙くとも響く


なればこそ、負けられないこの大一番でそのスキルを存分に発揮した品を見せてくれるのではないかと期待できます
そしてその品は、必ずや審査員たちの高評価を得て勝ち判定を掴むことでしょう


今後の展開予測


本誌の感想記事で書いた3戦目の対戦カード予想は外れましたが、懲りずにこの後の対戦カードと勝敗を想像してみましょう

まず、この3戦目は創真たちの全勝と予想します

そして、4戦目
まだ回復が万全ではない司先輩と竜胆先輩が仕方なくやって来たところに、満を持してえりな様が登場する
もう1人は一色先輩ではなく創真が連戦することとなり、創真×竜胆先輩・えりな様×司先輩のカードとなるでしょう

竜胆先輩は登場当時から創真を気にしている様子がありましたし、ゲテモノ好きとしての共通点もあるようですからね

司先輩は、ある意味えりな様の天敵となりうる人物と言えます

2戦目の品で見せた「舌の上での完成」
これをもし、神の舌を持つえりな様に対して実行された場合、執行官アンが抱いた以上の衝撃が発生する可能性があるからです
それこそえりな様が自ら負けを認めてしまうことだってあるかもしれません

なぜならそれは、味検分役として不出来な皿ばかり味わってきた頃のえりな様が求めていたであろう「完璧な皿」
素材の味を究極的なまでに活かし切る司先輩の調理は、えりな様の神の舌に確かに届き得ると考えられるのです

ただし、2戦目の疲労がまだ残っているだろう司先輩がそこまでの調理を実践できるかというのは怪しいところ
それに神の舌ほどではなくとも、審査員3人も確かな舌を持っているはずですから、
司先輩の品をえりな様が口にする展開があるかどうかというのも微妙なものがあります

さらに、凍っていた想いが溶け出したことで、以前とは見違えるほどに立ち居振る舞いを一変させた彼女が
この場で今さら神の舌に囚われた結果を見せるかというのも疑問っちゃ疑問だったりします

とは言え、この対戦カードの勝敗はちょっと予想できないというのが正直なところです

創真もえりな様も両方負けてしまっては、主人公とメインヒロインがともに舞台から降りてしまうこととなりますから作劇的にありえません
かと言って2人とも勝ってしまえば連隊食戟自体の決着となってしまって、ちょっとあっさり過ぎる

なので、1勝1敗というのが妥当なのではないかと思うのですが、1勝するのが創真なのかえりな様なのかというのは予想がつきません

…が、強いて挙げるなら、創真が負けると考えられるでしょうか

勝った方同士でおこなうことになる5戦目のカードは、創真×司先輩でも、えりな様×竜胆先輩でも、どちらでもあり得ると思うんですね

なぜなら、創真・えりな様・司先輩・竜胆先輩という4人の組み合わせは、これまでの作劇において
浅からぬ因縁を持って描かれてきているからです

創真と竜胆先輩、えりな様と司先輩については上述の対戦カード予想で触れたのがその一端ですが、
創真と司先輩においても、主人公が目指す頂点の座という点で(主に創真の方から一方的に)因縁が存在します

第一席相手に勝利を収めるというのは、創真にとっては非常に大きな意味があることだからですね
入学式で宣言していたとおり、「てっぺんを獲る」ことの有言実行であると同時に
第一席とは父城一郎もたどり着けなかった領域であるからです


対してえりな様と竜胆先輩は、ともに「食べる人」としての属性を持っています

料理漫画としての必然により料理人ばかりが主要キャラである中において、
えりな様は「神の舌」によって、竜胆先輩は希少食材を好む美食家の側面によって、
それぞれ「食べる」という行為がそのキャラ造形に大きな要素を占めているのです

特に竜胆先輩は、月饗祭での全店コンプリートや創真叡山戦の野次馬、田所さんとタクミの進級試験など
十傑第二席として登場しておきながら、全然料理はしておらずに食べるところばかり描かれてきました

連隊食戟が始まっても、希少食材マスターという一面が明かされただけで
実際にどんな品を作り上げたのかというのは一切描かれない始末

絶対作者わざとだろと思えるこれは、竜胆先輩の料理人としての実力を隠すことによって「食べる人」としての側面を強調するためではないかと考えられます

強いて挙げるなら、ということでの5戦目予想をえりな様×竜胆先輩というカードだと思ったのは、これが理由

この連隊食戟の勝敗が、「食べる人」への意識が重要な分かれ目となるならば、対戦する料理人がともに「食べる人」であったならばどうなるだろうかと

それこそ遠月革命篇の集大成として大々的に描くことができるんじゃないかなーと思ったのです

創真は疲れまくった司先輩に勝ったところでそんなに喜ばないでしょうしね

それなら、えりな様と竜胆先輩の対戦のほうが画的にも盛り上がるのではないかと



…てな予想をしてみますが、果たしてどうでしょうかね
かつて選抜本戦の対戦カードが当たりまくったみたいに、作者の脳内を深読みできているでしょうか

この予想の当たり外れを含めて、楽しみにしていきましょう


COMMENT▼

No Subject

そこまで考えた事無かったな(^^;

でもそう言えば、司先輩とか、自分の料理作れれば後は良いってスタンスだし。
月饗祭でも空調とかは気にしてたけど、料理に関しては客の事見て無い感じだったし。

No Subject

先ず、rexelさんに衝撃を与えた栗うさぎさんに最大限の敬意と賞賛を。マジ目からウロコw
それをここまで広げられるrexelさんも本当にすごいなぁ…

・人を見るか皿を見るか
私としては、人を見ている料理と皿を見ている料理は善か悪かで分けられるものではないと思います。
記事内の「ただ自分のためだけに料理を追求していくのではいずれ限界が来ます」がポイント。
誰かに食べさせる目的であっても「試作を最初に味わうのは大抵が自分になる」はずです。
まあ創真なんかはぶっつけで人に食わせてますがwそれは腕を磨いた今だからやれること。
まだまだ未熟だった頃は作っては試食してを幾度となく繰り返してきたはず。
そうして研鑽を積み、賞賛を浴び、料理への自信が過信に変わり、完璧の影を追い求めてしまう。
そこで初心を思い出せた者かそうでないかの違いでしかないと思うのです。

・2戦目の全敗
接戦の展開というメタ要素と美作も久我も「対戦相手しか見ていない」のが敗因かなと。
対するセントラル側は「舌の上の完成」を見ていました。
「食べる直前の完成より先の食べた直後の完成を見る」はある意味食べる人の事を考えた料理です。
女木島先輩はメタの犠牲でしょう。一応形としては2連戦目の相手が女神様だったから。
あと得意料理がラーメンという「非常に底力のある代物」だからかも知れません。

・田所×四宮
多分、四宮は告白すっとばしてプロポーズするために来たのだと思われます。
そのついでに、最強の心遣いに追い付いていない技量を底上げしてくれたのでしょう。

・3rdBOUT
ここは縺れて「創真側の2勝1敗」と予想します。その1敗が誰になるかですが…
第2カードが「どっちが負けてもメタ的におかしくない」のが卑怯すぎる。
だってタクミには悪いけどどっちも負け癖あるんだもんwww
でもまあ、2rdBOUTの傾向から「持ち上げられた恵」な気がします。

Re: No Subject

コメントありがとうございます。
ぶっちゃけこの記事書くのに1か月以上かかりました。ずーっと頭の隅にあったのが、ようやく更新できて少しホッとしております。

…しかし、この記事はぜひとも栗うさぎさんのコメントを待ってから返信したいので、今はまだお礼だけにとどめておきます。

でもラグエルさんは褒めすぎだと思います。
それほどでも…ありますよ(;^ω^)

No Subject

よくタクミに負け癖があると思われてるんですが、実際に負けたの美作にだけなんですよね…しかもずっと前から叡山経由で情報を流されてトレースされてたという状態で美作の情報はないという不利な試合でしたし。
予選の順位はソーマも2位ですし。
考察で相手を見てるかどうかだと田所が凄い活躍する気がします。長所が思いやりですから。
多分、腹が膨れた状態に良い食べ物かそれに近いサポートをするでしょう。

クソ長いコメントになってしまって御免なさい。

 わーい♪久し振りのrexelさんのソーマ考察だー♪
 とワクワクしながら拝読したらば・・・

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!(床で悶絶)

 更に、ラグエルさんのコメントに・・・

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!(床で七転八倒)




 動悸と心拍数と思考を取り戻すのに日付を跨いでしまいましたすみません。(実話)
 いやもう、本当に私の記事を取り上げてくださってありがとうございます!!
 そして勿体無さ過ぎるお言葉に感謝です!!
 光栄の極みとしか言えません!!

 凄い文章量と内容の濃密さにひたすら感嘆しながら拝読させて頂いたのですが、記事の完成に一ケ月以上を費やしたとのことで・・・いたく納得です。
 もはや私が考えていた事を150%満たす考察でした!!おみそれしました!!

 その内容にはほとんど同意ですが、後半部分だけ私の意見を述べさせて頂いても宜しいでしょうか?
 それは今後の展開予想について。

 確かに恵は「人を見る」という点においてはもう申し分なく優れている子ですよね。
 私も城一郎の掲げる「良い料理人」に今最も近い位置にいるのは恵だと思っています。
 あとはラグエルさんも仰っておられるように、その技量を磨くこと。
 そ・し・て。
 「特別に大切な人」をしっかりと自覚すること。

 この二点を満たしさえすれば、恵は最良の料理人へとなれることでしょう。
 ただ、恵はまだまだ技術面でも想いの面でも成長途上。
 なので今回の3rdBOUTでは、善戦するもののあと一歩届かず敗北・・・と予想しています。

 4戦目は予想が本当に難しくて困っているところです。
 なので、最終戦についての予想だけ。
 温存の鬼であらせられる附田先生のことですから、きっとえりなは最終戦まで出さないと思います。(反乱軍の大将ですし、薊の野望の“鍵”ですし)
 そんなえりなと闘うのは、司かと。
 この遠月革命編の裏テーマを『自我と情熱』と考えている私にとって、えりなと司の勝負は必至だと思っています。 
 rexelさんが取り上げてくださった第219話感想内でも述べていますが、「司は城一郎に出会っていなかった場合のえりな」と私は捉えています。
 この件もいずれ述べようと思っていたのですが・・・。
 DVD梱包版単行本25巻には、遠月十傑の設定資料集が付いているのですが・・・。
 司瑛士の初期デザインの中に、えりなにそっくりなデザインがあったんですよ。
 それこそ、えりなの兄と言えるような。
 その件も後押しし、私の考えにおけるえりなと司の相似性はかなり深いものとなった次第です。

 この遠月革命編での最大の主犯格である、薊。
 いわば、えりなも司も薊によって「自我と情熱」を消されてしまった存在と言えるのでは。

 でも二人の決定的な違いは、その後の「出会い」に向き合ったかどうか。
 えりなは新戸やアリスのお陰で少しずつ自分を取り戻していき、決定的なターニングポイントとして創真との「出会い」に向き合えました。
 対して司の方は・・・。
 
 えりなにとって司と闘うことは、彼の背後にいる薊と闘うことでもあると思います。
 “人”を見ていない司に対し、果たしてえりなは誰を見るのか。
 それに注目ですね。



 それと。



 私も、この連帯食戟のどこかで、創真は敗北するであろうと思っています。
 この遠月革命編におけるもう一人の主人公であるえりなは、この章が始まったと同時に大きな“失墜”が描かれました。
 それまでのえりなからは想像も出来なかったほどの、恐怖というものに囚われた“失墜”の姿が。

 ・・・創真の“失墜”は、まだですから。

 

No Subject

 初めまして。最近このブログを発見し、大変興味深く読ませていただいております。
考察や皆様のコメントを読んでいたらいろいろと思うところがあったので、コメントさせていただきます。


 作る側が「食べる人」を見るという点については特に異論はありません。
それに加えて、食べる側が「作る人」を見るということも大事なんだろうと思います。
「作る人」と「食べる人」がお互いに思い合うことで第1話の城一郎のセリフは本当の意味で完成するのだと思います。
「作る人」を見ようともしない人が相手ではいかに食べて欲しいと思っていてもいずれは挫折してしまう気がしますし、
作る自分のことをしっかりと思ってくれる様な人でもないと「自分の料理のすべてを捧げる」とまでは思えないでしょうから。
迷える城一郎を救い出したであろう創真母は、そんな素敵な「食べる人」だったんじゃないかと思います。

 2戦目についてですが、技術を極めることだってやっぱり大事だよってことなんだろうと思いました。
例えるなら、技術だけを極めても人を見ていなければ富士山の登頂はできてもエベレストの登頂はできない。
かと言って富士山に登れるだけの技術も無いようならエベレスト登頂なんて到底無理って感じでしょうか。
「人を見る」ことを忘れていた四宮も勲章をとれる程度には登り詰めていましたし、
「人を見る」ことはあくまでもさらなる高みへと登るための原動力・道標であって実際に登るための手段はやっぱり磨き抜かれた技術なんだと思います。
美作の敗因はトレースといっても魔法じゃないので品を再現するのに必要な技量が足りなかったということだと思います。

 今後の展開予想は、いろいろ可能性を考えすぎてまとまらなかったので書くのは止めますが、
とりあえず竜胆先輩はキーパーソンになると思っております。


 長々と駄文を失礼いたしました。

No Subject

まあ私から見ると薊は立派なことを言ってるようでその本質は単に自分より優れた料理人が現れないようにしてる
自分が料理界を支配したいだけだと思います
だから模倣の強要なのでしょう

そして薊に賛同した十傑たちは薊がどんな人間だろうがどうでもいいのでしょう
彼らからすればそれぞれの目的を果たせればそれでいいだけ
例えば叡山は薊に賛同したほうが金儲けできそうだからだろうし
寧々さんも一色と戦うのが目的だったようにも見えましたし

どうであれ薊派の十傑たちが人を見てないってことにはなるでしょう

ただ竜胆先輩がよくわからないんですよね
面白くなりそうだからとは言うものの薊と彼女は合わない気がするんですよね
竜胆先輩はいろんなものを食べたいって思ってる人だし
薊のやり方だとそれができなくなってしまうんじゃないだろうかって

これまでの感想となんかいろいろ被ってますが

1.メソッドの違い
2.葉山戦の意味
3.2nd、3rd BOUT の順でいきます。

1.
これまでの遠月のやり方は、個と個がぶつかりあうことでより個を研鑽するものでした。対して現政権のやり方は、一部の料理人たちが考えた料理を「その他大勢」がほぼ完璧に再現できるようにするというもの。薊自身が参考にしているとは考えにくいですが、現実世界においてこの方式を忠実に施行している環境があります。

ずばり、ファミレスです。

 彼がやろうとしているのは、まさにファミレスの上位互換的なものだと考えています。全員が同じ味を同じように再現できれば、皆が平等に扱われれば、抜きんでた才能故に過度な期待を寄せられ、つぶれてしまう人間を出さずにすむ。それは確かに料理界における革命であり、日本の料理界を自らの体系に跪かせることは、かつて自らも尊敬した一人の料理人をつぶした料理界への復讐ともいえるでしょう。
2.
しかし、目的が手段を常に肯定するとは限りません。現に葉山は、脅しともいえる交渉(というか脅しそのものですね)によって、その卓越した嗅覚、料理の腕を向けるべき相手を見失っていました。
 連隊食戟の前に葉山戦をもってきたのも、現政権のやり方に一石を投じる為だったのではと思います。彼の理想によってつぶされかけた才能が確かにあったのです。
3.
さて話題を変えて、まずは前戦の振り返り。第3カードは、所謂力負けです。隠し包丁の入れすぎによる味のズレとでもいうべきものが重なった結果、アレンジの軍艦巻きが勝敗を分ける段階まで行かなかったのではと思います。寧々先輩の時に露見した、「型にはまった時以外には応用が利かない」という現政権方式の穴を、綜明先輩は克服していました。その点で一枚上手だったといえます。
 久我も又、対戦相手である司ばかりを意識していました。フレンチの要素をいれたのもそのためでしょうが、竜胆先輩にはそれが「逃げ」に見えたのかもしれません。読者のヘイトを集めた点にもなるのかもしれませんが、四川にも「緑茶」という概念は存在するんです。久我が自らの殻を破るためにすべきだったのは、新たな武器を探すことではなく、今ある武器を洗練させることだった。彼の知識は無論常人のそれを超えていますが、スペシャリストを名乗るには浅すぎる。竜胆先輩はそのことに憤慨していたのではないでしょうか。
 「食べる相手のことを考える」という点に対しては、第2カードの二人は問題なかったのではと考えています。特に女木島先輩は、「料理の勝ち負けは客を喜ばせられるかだけでいい」と言っていますし。ただその上で、竜胆先輩が押し切ったのでは。この勝敗については、作者が「いずれ必ず言及する」と公言しているので、それを待つことにします。どうも竜胆先輩の手の口を「来たる時まで」隠したがっているように思えてなりませんが。

Re: No Subject

皆様、改めましてコメントありがとうございます。

いやー結構な長文コメントばかり書いていただきまして、こちらとしても記事を更新した甲斐がありますわ。
栗うさぎさん以外にもそれぞれ「確かに」と思わされる内容があって、記事更新前には思わなかった視点を提供してもらえたように思います。

これこそ考察記事の醍醐味ですねえ。

G. scabraさんは初めましてですね。当ブログを気に入っていただけたようで、ありがとうございます。


さて…

>人を見ることについて
ラグエルさんの言う「初心」もなるほどと思いましたが、G. scabraさんのご指摘がとても頷かされました。
記事の内容は料理人の側からの話のみになっていたことに気がつかされましたね。

双方向性という視点をいただけたのは非常にありがたいです。食べる側からの歩み寄りというか、作ってくれた相手への敬意みたいなものも確かに必要だと思います。その点で連隊食戟を見てみると、審査員3人は先入観なくフラットな目で創真たちと十傑達を見ているようなので、そこは条件として公平になっていると言えるのでしょうね。


>2戦目と竜胆先輩について
技術も大事という側面は一理あるように思えました。田所さん人を見ることも、技術面も、どちらも重要であってどちらが欠けていてもよろしくないと。美作も久我先輩も人を見るところはできていたのだとしても、相手がそれを上回る技術面を持っていたのなら敗れるのも仕方なかったということですね。

そうだとすると、どれだけ「心遣い」の特質を持っていても、田所さんの技術の向上具合によっては負けてしまう可能性があるというのが全勝はできないだろうという皆様の予想だったりするんでしょうか。

女木島先輩も「料理に勝ち負けがあるとするなら…」のセリフ通り、皿よりも人を見ようとしている人ですが、相手が竜胆先輩だったというのが全ての敗因なのだろうとは俺も思っております。登場の最初からどうにも掴みどころのない人物として描かれてきた竜胆先輩は、薊メソッドに腹の底から共感しているようには見えないからですね。

新しい波が来たのを見て面白そうだからと乗っかった。もしそれがすべての理由だったとするならば、創真たちに別の波を感じればあっさり乗り換える可能性もあるだろうと密かに思っております。あるいは今シリーズでは実力の底を見せることなく、次のシリーズへの案内人みたいな役割になることだってあるかなとか。

記事中で触れた「食べる人」としての側面が竜胆先輩にあることは間違いありませんが、だからといってこの連隊食戟でそれが前面に出てくるという可能性は高いわけではないのかなと。なので、4戦目以降の予想は「あえて言うならば」という程度になりました。

栗うさぎさんのご指摘どおり、えりな様は司先輩と大きく重なるところがあるのは間違いありませんから、最終対決はその対戦カードであるほうが盛り上がる…というのも充分あり得ると思います。竜胆先輩は、司先輩の今の料理に不満があるような感じでもありますし、その辺も伏線として活きてくるのかもしれません。


ときに、今シリーズの裏テーマとして「自我と情熱」があるというのはどういったところから出てきた着想なんでしょうか、栗うさぎさん。毎週のソーマ感想はずっと読ませてもらっていますが、どこかで詳しく書かれていましたっけ。「自我と情熱」というところについて、俺は今ひとつピンとこないので、もしよかったらここででもご自宅ででも書いていただけるとありがたいです。

>薊メソッドについて
これは、手段の詳細は割と明かされていても、目的の部分が今いちだったりするんですよね。特に、いつかの感想の中で書きましたが、審査員である執行官たちに対する薊の感情がいまだ不明なことが違和感を残しています。

薊がやろうとしている事の本質が料理会に対する復讐にせよ救済にせよ、世界中の料理店を格付けする執行機関は薊にとって敵にもなりえますし味方にもなりえるからです。自信が尊敬していた城一郎を駄目にしたという意味では「復讐」の対象となるでしょうが、しかしメソッドを認めさせれば「救済」がやりやすくなるわけで。

執行官という存在に対する薊の感情、さらにその判定をどの程度まで妥当だと考えているか、決着までにそこもはっきりさせて欲しいと思うんですよね。rakuさんのファミレスって例えはやけにわかりやすいと思ったんですけど、だとすると執行官への感情はどっちになるかな…ってのは考えても結局上述のとおりですし。


>失墜について
初めて出てきた単語ですね。栗うさぎさん。
えりな様の失墜に対して、創真の失墜とはどういうことでしょう。
何かに対する挫折、あるいは絶望のような展開が待ち受けているはずということですかね。あるいはそれがなければ、創真にとって「本当に美味いと言わせたい相手」が決まらない、ということでしょうか。

まあ、今までまだ出てきたことのない予想の内容ですから、ここで説明しようとするととっても複雑なことになるかと思うのでそのうちご自宅で書いていただけることを期待しておきますね。

わかりました・・・!

 大変丁寧なコメントを返してくださり、どうもありがとうございました。
 実は、今週のジャンプが早売りという機会もあることですし、今後の連帯食戟の予想考察記事を書いてみようかと思案していたところです。
 その際に今回rexelさんが疑問に思われていた点にお答えしたいと思います。
 なので、どうか暫くお待ちくださいませ。

 ・・・やったるでー!!(燃)

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