社会の毒 ―少年漫画症候群(ジャンプシンドローム)―

読んだらもう1回作品を見返したくなる、そういうレビューを私は書きたい

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小野寺さんはなぜ小野寺さんなのかを考えたくなったニセコイ: 第8話

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ニセコイ: 第8話

春ちゃんによって侵食される小野寺さん成分…



[タグ] ニセコイ








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コミックス1巻発売を受けた宣伝も兼ねて、スピンオフとなるマジパティがアニメになりました

話は1巻分しかないのに、どうやって時間持たせてどうやって完結させるのかと思ったら
内容は何と古味先生版のマジパティでした

これは予想外だったぜ…


コミックス8巻から巻末に掲載されるようになったエンピツ書き風番外編
スピンオフとして独立することになる15巻まで載っていたものを、すべてAパートに収めてしまいました


『マジパティ』というスピンオフに関しては、何となく違和感を抱いていた俺
以前こんな記事を書いたことがありました

『マジカルパティシエ小咲ちゃん』の違和感についての覚書


「これは小野寺さんではない」という疑問がどうしても拭えず、それでも小野寺さんが主役としての話であることへの違和感を
思いつくままに書き連ねた記事であり、おそらく人によっては「そんな小難しく考えんでも…」と眉間にしわを寄せる方もいらっしゃるでしょう

しかしどうしても取り去れなかった違和感

それだけに、アニメでもやっちゃうと聞いた時には、感想記事のことも含めて「どうしたものか…」と思ったりしたんですが
古味先生版のマジパティだったことは少し救いでした

上記記事で違和感として書いたように、スピンオフとしてのマジパティは本家とは別の作品ですが
俺も一目置いている読み込み系コメンテーターのM氏の分析を借りれば、古味先生版のマジパティは「ヒロインたちが困る」だけの作品

彼女たちの本音が求める一条楽という人物は登場することなく、魔法少女という特殊な役割が持つ特殊な事情によって
彼女たちが困った事態に陥ってしまって、恥ずかしかったり恥ずかしかったり恥ずかしかったりしてしまうというのが
古味先生版のマジパティでした


それは、「さあ!困った人を助けに行くわよ」→「ちょっと困ったことになったな…と」と第1エピソードで示されたように
困った人を助けようとする魔法少女なヒロインズが困った事態になってしまうという不条理をコメディとして描いたものだったわけです

なので、ラブが関わってくるコメディとなるスピンオフがアニメになるのではなかったことは
感想記事的な意味では助かったというのが正直なところでした


ただ…

何となくメガネが似合ってないので、やはり本編の小野寺さんには敵わないのだなということを再確認


数週間前に本編で描かれたメガネな小野寺さんは、それはそれはとてつもない破壊力でしたからねえ








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…というところでBパートとなって登場してくれた本家本元の小野寺さん

うむ、美しい




…なのに、展開は小野寺さんのターンではなく春ちゃんのターンであるというもどかしさ

ママ寺さんがラブコメの匂いを嗅ぎ取るのも無理からぬことでありましょう








nisekoi2-83.jpg


今回、作画方面はアップカットを中心に注力されたように感じました

ちょっと引いたロングカットの時はどことなくおかしくなってる気がしたのです


マジパティ専用のオープニングまで作って、3ページ前後の番外編をひたすら繋げてAパートとして仕上げて
尺が足りなくてエンディングもスタッフロールも入れるところがなかったという状況下で、それでも
アップカットでは頑張ってくれたというのは感謝できるところであるでしょう



…そして次回も小野寺さんのターンと見せかけた春ちゃん回の模様



オハヨウは!?

オハヨウはまだなのか!?

オリジナル部分込みで1話分に引き伸ばして、オープニングもエンディングも削って
エピソードを語る視点は小野寺さんという最初から最後まで小野寺さん三昧のオハヨウは無いのかああああ!!!???


COMMENT▼

スピンオフの難しさ

スピンオフは難しいです先生(意見)

私もマジパテは今週の読み切り読んで本編の小野寺ではないと思いました

性格の改変や新要素を盛り込むスピンオフは、多分作家も苦悩してると思います

例えば、漫画で魔法少女プラズマイリヤという漫画があります

これはFate/stay nightと言うノベルゲー作品のイリヤと言うキャラクターが、魔法少女をしながら仲間達と学園生活を送るマジパテ小野寺さんと似た設定になっているのですが、マジパテと同じで、こんなのはイリヤじゃない、というイリヤが描かれています

まずこのイリヤ、スピンオフでは兄と友人がいる設定になってますが、原作では友達がいません、それどころか肉親が既に他界してます、さらにスピンオフでは普通に元気で明るい魔法少女な学生を演じていますが、原作では学校にも通ってませんし、魔法少女どころかムキムキの自我を失った英雄バーサーカーを召喚して戦います(汗)

このように、やはりスピンオフをやるにはそれなりに設定を改変したり、キャラの持ち味を変えたりしなければいけない部分も出てくるのだと思います

私が思うには、この手のスピンオフは、原作の派生として見るのではなく、もう別作品として見た方が良いかもしれません

No Subject

小野寺さんにメガネは合わないかなぁ(;´~`)

>ぱいなっぷるさん
僕も別作品と思います。。。

Re: スピンオフの難しさ

皆様コメントありがとうございます。

スピンオフというのはやっぱり難しいものですよね。

もともとの作品があって、取っ掛かりが存在するというのは楽なところなのかもしれませんが、しかし全く同じことをやってるのでは差別化できないし、かといって違わせすぎるとすっかり別のものになってしまうという矛盾。このバランスにどの作家さんも苦慮されているのでしょう。

たとえば、ファンタジー作品のスピンオフとして、キャラたちが現代の学校に通っていたら、なんてものなら舞台となる世界観がガラッと変わっているために差別化もできており、キャラたちの性格は全然変えなくて済むかもしれません。

マンガはキャラが一番大事。マジパティに抱く違和感からは、その格言を大いに実感します。スピンオフとしてコメディ色を増した話を作るのはいいんですが、キャラたちが別人では意味が無いわけですね。

スピンオフとしての差別化のために何を違わせるかというところで、キャラの性格や関係性を変えてしまうのは、結構決定的なことなんじゃないかと思います。

完全に別作品と思えばいいじゃん、となると、つまり見る理由がなくなるってことですからねえ。


クリスマスイブの小野寺さんはめちゃくちゃメガネ似合ってたのに…

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