社会の毒 ―少年漫画症候群(ジャンプシンドローム)―

読んだらもう1回作品を見返したくなる、そういうレビューを私は書きたい

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『ダブルアーツ』を超本気で語ろうじゃないか

さて…

本日のテーマはズバリ『ダブルアーツ』です

ダブルアーツ


作者は、今『ニセコイ』を人気連載中の古味直志先生
その連載デビュー作です
全3巻の打ち切りマンガではありますが、今ジャンププラスで復刻連載も始まっている人気作でもあります


で、このマンガ
話が出る度に繰り返している気がしますが、名作の予感がひしひしとあった作品なんですよ

それこそONE PIECEに匹敵するかもしれないくらいの壮大さとロマンと希望があったファンタジー作品でした
第1話の第1ページを見ただけで一気に期待が膨れ上がり、1話を読み終えた読後感には期待しかないくらいに
面白く、楽しく、たまらない作品だったのです


しかし、結果は打ち切り
全23話、全3巻という短さで連載は終了され、その他多くの打ち切りマンガとともに
ジャンプの荒波に呑まれていってしまったのです

こんな面白いマンガをどうして打ち切るのかと、当時大いに落胆したことを覚えています
この気持ち自体は今でも変わっていませんが、『ニセコイ』の連載で人気作家となった古味先生を見ていると
「まあ、結果的にはいいか…」と思うこともあり、「じゃあニセコイ終了後には復活連載を…」と祈ることもあり


現に、ジャンププラスでは望まれて1日1話公開の復刻連載が始まりました
新たな話が描かれるのではなく全23話が毎日載ってくるというだけのものですが、
「またダブルアーツを読みたい」という人は大勢いることがよくわかる事実でしょう


今日は、そんな『ダブルアーツ』という作品のどこにどんな魅力や可能性があったのか
そしてそれでもなお打ち切りとなったのはどうしてだったのか


『ダブルアーツ』の核心に迫っていきたいと思います



※最終話に含まれるコマの画像があります
※もし可能なら、こちらの記事から先に読んでいただくと、より内容が理解できるでしょう

夢を描けるマンガ家 その名は古味直志

名作になれなかった名作… 『ダブルアーツ』古味直志



[タグ] 古味直志












まずは、魅力と可能性から語っていきましょう



24時間手を繋いだままの主人公とヒロイン


第1話の1ページ目、巻頭のカラーページで示されたこのマンガ最大の特徴
それが、「主人公とヒロインは24時間手を繋いだままでいなければならない」ということでした


繋いだその手を離すことを禁じます


もちろん、主人公とヒロインとは出会ったばかりです

そして24時間とは、トイレの時もお風呂の時も寝る時もありとあらゆる全ての場面において手を離してはいけないということです


このことがどれだけの意味を持つのかは、多くを語らずともすぐにわかるでしょう
ボーイ・ミーツ・ガールという王道の始まりにおいて、これほど衝撃的でこれほど期待感のある設定はなかなかないものです

特に、2人はその日出会ったばかりであるという事実がその期待感に拍車をかけます

なぜなら、「出会ったばかりの2人が常時手を繋ぎっぱなし」というのは、2人のラブコメが展開されることを確約することでもあるからです

「常時繋ぎっぱなし」を嫌がって、2人がお互いを忌避し合うような展開は作劇的にありえませんから
それはすなわち逆に、2人の距離がどんどん近づいていく展開が期待されるのは誰の目にも明らかでした

とすれば、いずれ互いが互いを意識して「友達以上恋人未満」のような関係になった時
「常時繋ぎっぱなし」という事実がどれほどのドキドキを生み出すことになるかは、想像するだけでも期待を煽るものだったのです


そんな可能性を秘めた「常時繋ぎっぱ」という要素
もちろん、この最大の特徴をただ「設定のための設定」にしないために、古味先生はしっかりと構成を工夫してくれていました

それが、謎の奇病「トロイ」と、その治療を行う「シスター」の存在です



トロイとシスター


全世界に蔓延し、その猛威を振るっている奇病・トロイ
発作が起きれば徐々に体が透けていってしまうという、原因もわからなければ治療法もない謎の病気であるそれは
累計死者10億人以上という世界的問題となっていました

感染者と肌が直接触れることで伝染るこの病気は、完全な治療法がないものの
シスターと呼ばれる女性たちによって、その「治療」が行われていました

まれに女性の中にトロイへの耐性が高い人がおり、彼女たちが感染者にあえて直接触れて
毒を吸引することで延命を図るというのがその内容

当然ながら引き受けた毒は自分の中に溜まっていき、耐性の限界を超えれば発作を起こして身体の透過が始まり、消えてしまうことになります

手を繋いだままでいなければならないヒロインとなるシスター・エルレインは、第1話においてその発作を発症
いつか来ると分かっていたことでしたが、いざ遭遇すると怖くて辛くて助けを求めた彼女を救ったのが、
主人公の少年キリでした

何やら苦しむ人を見つけて駆け寄って、抱き起こしたことで何の他意もなくエルーに触れたキリ
通常なら彼にもトロイが感染するところ、逆にエルーの発作が止まってしまったことで
じゃあ「ずっと彼に触れておけば発作起きなくて死なずに済むじゃん?」というシスター協会本部からの指令で
手を繋ぎっぱなしという運命が決まってしまったのでした


ただ設定を説明しているだけのような形になってしまいましたが、こうした要素の組み合わせによって
「主人公とヒロインが常時手を繋いでいなければならない」という状況が作り上げられたのです



最大のウリの活用


しかし、そうしてしっかりしたものとして作り上げられた「主人公とヒロインが常時手を繋いでいる」という状態は
最初に想像した形で有効に機能していたかといえばそうではありませんでした

なぜなら、「トロイ」と「シスター」というその状態の脇を固めることになった要素によって
2人の状態は悲劇性を帯びることになったからです


先ほど画像を載せたカラーの1ページ目で示された「常時繋ぎっぱ」という状態
ジャンプ読者のメイン層である思春期の少年たちからすれば、まさに普段の妄想を具現化したかのようなものであったでしょう
パッと想像の及ぶ2人の嬉し恥ずかし展開は、セリフの中に早速「トイレの時もお風呂の時も寝る時も」と出てきたことで
否応にも期待を高めることになっていました

俺も、最初はまさにそうした可能性を想像して心ぴょんぴょんしたものです

しかし、そんな想像のとおりに物語は動きませんでした
描かれるには描かれましたが、ただ少し描写があっただけで、思春期の期待に充分応えるものではなかったのです


それよりも強調されていたのは、シスターという存在の悲壮、悲痛、そして悲劇でした



トロイの特殊性がもたらすシスターの悲劇性


トロイの毒を自らの身体に吸引して感染者の延命を図り、代わりに自分には毒が溜まって寿命を削る
我が身を犠牲にした処置を行っているはずの彼女たちは、しかし、トロイ感染者であるということを理由に
差別的扱いを受けることもある、という

ここでのポイントは、自らを犠牲にした治療を行ってくれているシスターたちに対して差別的扱いをしてしまう周囲ではなく
そうした扱いを「当然のことであり、またそれで然るべき」と考えているシスター側にあります

そもそも彼女たちは、どうして自らを犠牲にした治療を実践しているのか
トロイの恐ろしさを誰よりも知っているからに他ならないその動機は、自分たちに向けられるそうした目をも
「感染しないために必要なこと」と捉えている節があるのです

そんな扱いを受けてしまうことに辛さはあっても、「そういうものだし、(感染を防げるなら)それでいい」と
受け止めている節のある彼女たち

そこに、彼女たちの持つ悲壮な本音があるんですね

トロイの拡大を食い止められるなら、トロイによって死ぬ人を1人でも救えるなら、自分自身はどうなってもいい

究極的なまでの自己犠牲がそこにはあったのです


それを最も体現していたのが、エルーでした

毒の吸引を終えた後、感染者の家族に治療の限界とシスターの真実を語ったエルー
シスターは全員トロイに感染していること
見かけたら近づかないほうがいいこと
そして、シスターとしての自分の運命




きっと私は20歳までは生きられないと思います

自分の余命を笑顔で話す彼女の姿は、第1話が始まって数ページ足らずでその悲劇性を見せつける演出となっていました


その悲劇的な演出は、第2話においても続けられます

協会本部との通信を終えた後、その日の宿と事情の説明のためキリ家にやってきたエルーは
彼女を歓迎しようとするキリの両親に対して叫びにも似た悲痛な本音を漏らしました

それは、シスターである自分と1秒でも長く過ごすことがどういうことを意味するのか、その真実と現実でした




私の体は凶器と同じです

私の体は!!
凶器と同じです…!!

触れてしまえば
簡単にその人を不幸のどん底に突き落とす事が出来てしまうんです……!!







こんな優しい人たちならなおさら

私…!!
自分のせいで誰かがトロイになるなんて絶対イヤなんです!!

もしも…
そんなことになったら
きっと私
耐えられません…!!

それが…こんな優しい人たちなら…
なおさらです




自分に触れてはいけないことをここまで本気で説明することなど、通常ならばありえないことでしょう
しかし彼女たちにとっては紛れもない真実でした

たとえうっかりであっても、少しでも触れてしまえば死の病に冒されてしまうこと
自分を犠牲にして治療にあたっている彼女たちが、逆に自ら感染者を増やしてしまうことは
絶対に避けたいことであったのです


だからこそ、エルーに象徴されるシスターたちの願いが存分に強調されるのです


トロイによって死んでしまう人を1人でも減らしたい、トロイのない世界を実現したい

それだけがシスターたち全員の願い


その願いに、彼女たちは常に本気でした
治療ももちろんですが、キリという「希望の卵」が見つかったことを心から喜び、キリを守るためなら命を投げ出すことも厭わない

もとより治療自体が自分を犠牲にしている行為ですから、トロイそのものの根絶が可能かもしれないならば
その希望を守るためならそれこそ命を投げ出す決断を下すのは簡単なことだったのです

それを実践していたのが第1話で自分を囮にしてキリを守ろうとしたエルーであり
また、キリとエルーを逃がすために敵わないと分かっている相手に挑もうとする聖アルル教会のシスターたちでした



悲劇に対する希望が生んだ悲劇


第6話から始まる聖アルル教会のエピソードは、エルーによって示されたシスターたちの悲愴で悲痛な本音を
さらに強烈に見せるものでした

そして同時に、そんな彼女たちの躊躇ない自己犠牲を見たキリが、自分に課せられた運命の意味と重さとともに
自分の無力をも痛感する重要な節目となるエピソードでもありました


ファルゼンと合流するまでの数日の護衛を求めて、シスターたちの隠れ宿にやって来た2人は
そこで世界中のシスターたちがすでに事情を知っており、「いかなる場合でも全身全霊で2人をサポートするように」
という指令が出されていることを聞かされます


そこで再度感じるシスターたちの不遇


明るいシスターたち

寿命を自ら削りながら、笑顔を見せる彼女たちの明るさ






人の手の温かさ

感染すると手が冷たくなるというトロイ
自分たちも感染者である彼女たちは、人の手の温もりさえ忘れるほどトロイとともに過ごしてきていました

それを見て、自分の重大性を改めて認識するキリ





シスターであるエルーだけでなく、巻き込まれただけのキリまでもがこうして事の重大さを認識したことで
物語における悲劇性はさらに強まっていくことになります
同時にそれは、その悲劇的運命に立ち向かおうとするキリとエルーの本気と本心をも浮き彫りにするものであり
その真剣さは物語に確かな深みを与えるものにもなっていました


しかし、こうした彼らの「本気」こそが結果として打ち切りに至ることになった原因の大元であろうと考えられるものでした


すなわち、自分たちの役割や現状をしっかり理解して、そのために行動しようとしているにしては、彼らの様子が何だか呑気であること



これは、連載当時から言われることのあった批判でもあり、テンポの遅さとして指摘されるものでもありました
実際に打ち切りになったことで「ほら見ろ」と思った方も大勢いることでしょう


早く協会本部でキリの体を調べてトロイに感染しない理由を突き止めなければと言いつつ、
2人が出会った街を出るのは第10話にもなってから

シスターたちばかりを狙って殺害しようとするガゼルの暗殺者に見つからないよう、なるべく目立たないようにと言いつつ
買い物中に指の上にいくつもパンを立てたりして曲芸みたいなことをやってるキリ

感染してしまうから長い髪の毛にも気をつけろと言われたら、「やるなと言われるとやりたくなる~」と言って
エルーに触ろうとするスイ

…などなど

ほんとにそれでいいのか?と心配になるようなシーンがたまに見受けられるのです

自己犠牲を厭わないシスターたちの本気を正面から見せつけられているだけに、そうした楽観さは
コミカルというより「お前らホントに分かってんのか?」という疑問を読者に抱かせる効果となっていました

その疑問はそのままシスターたちの本気や、キリが痛感した無力感から生まれる事態の深刻さを軽くすることに繋がっており、ひいては、マンガの面白さを薄めてしまっていたのです

それによるマイナスの影響を受けてしまったのが、最大のウリであるはずの「常時繋ぎっぱ」でした

深刻な事態である空気がしっかりと続いていれば、繋ぎっぱの状態による嬉し恥ずかし展開は緊張感の中にある清涼剤と言うか、いい意味でのギャップを作り出すものとなったはずです

しかしところどころ呑気な様子が感じられてしまったことで、そのギャップは薄くなり、
ただ呑気さを増すだけか、あるいはもっとひどければ空気のようなシーンになってしまっていたのです

これでは、もはやこの作品を味わい続けることは困難となってしまいます
その行き着いた先が、打ち切りという無常でした



その悲劇性は読者を迷わせた


出会ったばかりの主人公とヒロインが24時間手を繋いだままでいなければならないという夢の様な状況設定のために
「主人公に触れていなければ死んでしまうヒロイン」の病気として設定されたトロイとシスターという要素

上述の通り、それによってヒロインが悲劇的な性質を帯びたわけですが、その度合いは非常に深刻なものでした

ヒロインが悲劇的な運命にある作品は多くありますが、ジャンプにおいて物語が始まった時からここまでの悲劇性を帯びていたヒロインはなかなかいないのではないでしょうか

それは設定の中身だけではなく、作者古味先生の演出と構成、それに表情の描写によって読者に対し強烈に与えられたインパクトでした

ここで、「常時繋ぎっぱ」というカラーページで示された最大のウリに期待して読み進めてきた読者は
1つの迷いを抱えることになります

ひょっとしてこのマンガは、繋ぎっぱによる甘々でイチャイチャでドキドキで嬉し恥ずかしなラブコメではないんじゃないのかという迷いです


続けて無意識のうちに選択を迫られます

この深刻な悲劇がどのようにして展開し、救われるのかに面白さを感じて読み続けるのか
それとも嬉し恥ずかし展開がほとんどないなら読むのを止めるのか


俺なんかは、最初こそ「常時繋ぎっぱ」によるイチャイチャ展開の想像によって期待を爆発させましたが
その後シスターたちの悲劇的性質を見て、特に迷うことなく自然に物語の展開を追いかけて行きたい気持ちになったクチです

中には、「常時繋ぎっぱ」への期待が大きすぎるあまりに悲劇的なシスターを見て「何か違う…」と思った方もいたでしょう
そこで読むのを諦めてしまうか否かはその人次第ですが、この「常時繋ぎっぱ」という期待を煽る状態と悲劇的なシスターたちの境遇とは決して矛盾するものではありません

トロイを根絶できるかもしれない希望の卵をちゃんと孵らせるために、最速最短で最高の段取りを取っていこうとすることで
事態の緊迫感を維持し、その道中における宿や風呂で恥ずかしい状態になれば両立ができたのです

マクロ的には世界を救う希望として大規模な護衛に囲まれたVIPのような扱いを受けて大仰な空気を醸し出しつつ、
ミクロとしては出会ったばかりの女の子とひたすら恥ずかしい状態というギャップの効いた状況は
きっといい具合に作品にハマらせてくれたでしょう


しかし、実際には希望の卵であるキリの移動は、協会本部の最強部隊と合流してからという展開が選択されました
移動中の安全のために「最強部隊が到着するまで街に留まる」ことにしたんですね

結果として言えばこれが最初の悪手でした

1秒でも早くキリの体を調査して、トロイに罹らない理由を究明しなければならないものを、移動せず街に留まる
道中の安全という理由はわかりますが、それでもすでに1度襲われている状態にあって、「ただ街に残って部隊を待つ」というのはどうにも楽観的だったわけです

もっと違う状態や境遇ならばそれでもよかったでしょう
しかし、エルーを通してあれほど事態の深刻さとシスターたちの本気度を見せつけられた後ではどうしても違和感がある判断でした

協会に直属する最強の部隊を送るというのはいいのです
700年というトロイとの戦いの歴史の中でついに見つけた希望なのですから、シスターたちにとっては全てに優先されるものです

だからシスターたちの属する協会本部が、その護衛として最強戦力である部隊の派遣を即決したのは当然のことでした
むしろそこで「今別任務にあたっているから…」などと言えば、さらに呑気さが強調される事態になっていました
しかし、「最強部隊を派遣するから到着するまでしばらく待て」とはあまりにも杜撰

繰り返しますがすでに1度襲われているのです
それをどうにかこうにか生き延びたというのに、採られた処置はただ最強部隊を送るということだけ
「世界を救えるかもしれない希望」に対する措置として、到着するまでの数日間は普通に放置とはありえないものでした

「何度も彼らと遭遇するのは稀だけど、充分に注意しておかなくては」と言いつつ放ったらかしなどとは
どれだけ無能なのかと

逃せば次に見つかるのはいつになるのかわからない希望の卵
ゆえに、絶対に失ってはいけないトロイ根絶への唯一の可能性

それならば、どんな小さなリスクであっても想定されるものは出来る限り排除しようとすることが
協会本部とシスターたちの「本気」を示すものであるはずでした

なのに、1度襲われたことで「連続して遭遇することは少ない」からと逆に楽観視しているという呑気さ


繰り返しますが、彼らが違う状態ならそれでも有りでした
しかし2話までに示された強烈な深刻さは、そこに少しの楽観が入ることを許さないものだったのです

せめて、ファルゼンの到着まですぐ近くの街に別の部隊がいるからそっちと合流しておく、とかしておけば
それほどの違和感はない展開となったでしょう

キリが自分の無力を痛感する聖アルル教会のエピソードは、その別の部隊のシスターたちでも可能なもののはずで

そこでゼズゥによって部隊が全滅させられたことで、戦い方を求めてファランに会いに行く、という展開なら
テンポの遅さはまだそれほど感じなかったでしょう

ただしこの展開をやろうとすると、別の部隊と合流するのにタームを出ないことには結局ファルゼンを待つ状態と変わりませんから、スイの登場前に街を発つことになります

スイの初登場自体は、合流までの途中で再び襲われた、とすればいいんですが
「いってらっしゃい二股はダメよ」はできなくなります

アレはアレで好きなシーンなんですけど、物語の進行や連載の継続と引き換えにできるものではないでしょう


もう1つ、展開のさせ方を不自然にしてしまったものとしては、聖アルル教会のエピソードにおいて
キリの力に気づいたゼズゥが「お前に少し興味が湧いた」と言って、シスターたちを含むキリを見逃したことが挙げられるでしょう

圧倒的なゼズゥの力の前に、実力行使では全く歯がたたない状況下、どうやって切り抜けるのかと思っていたら
まさかの敵が自ら退いてくれるというものでした

読んでいて「頼むからその展開はやめてくれよ…」と思っていたものがそのまま来てしまったんですよね、これ

いや、わからないでもないんです
ここでいろんな事情を説明するわけにはいかないために、撤退させるとすればああいう抽象的な理由にしかならないという都合は分かるんですが

それでも、作中には大いに深刻さが漂っている中「どうやって凌ぐのか」が割と本気で気になっていたところにあの回答ではなかなかに釈然としなかったんですね

多くを説明できないにしても、せめて別の言い方はなかったかと

キリの力が自分の知っているものだったことで、ゼズゥがこの場でキリを殺すわけにはいかなくなった
そこまではいいとしましょう

問題は、その詳しい理由を説明しないまま「泳がせる」ことにした言い訳が、「興味が湧いた」という呑気なものだったことです

ガゼルもガゼルでトロイと関わる面でキリの存在を見逃せない理由があるはずでした
なのに、何やら知っている力がキリに備わっていたことで、「興味が湧いた」などという単純な理由で見逃されたこと

「興味が湧いた」というのが単なる建前ならまだよかったですが、モノローグを見る限りそうでもないようですし

ガゼル創立メンバーの1人として、ゼズゥもそれなりにわがままが効くのかもしれませんが
作中の深刻さを踏まえるとそこでの考え方としては、やはり「浅い」と思ってしまうのです



フレアの存在感


ゼズゥがキリを見逃す理由となった、「フレア」の力

最初に説明された時には「おお…」と思わされたものですが、それは、このマンガにおいて
「手をつなぐ」という行為に対して付与されたもう1つの特徴でした

触れ合えば触れ合っただけ身体能力を倍加させていくことができるというキリの特殊体質

2人で手をつなげば2人の力が倍となり、3人ならば3人ともが3倍の力を発揮できる
手を繋ぐ輪の中にキリがいれば、100人でつながれば全員が100倍の力を得て、1000人なら全員が1000倍の力を得る

シンプル故に扱い方も難しいと思われるこの力でしたが、しかし「常時繋ぎっぱ」と合わせて読者に期待を抱かせるには充分なものでした
それは、手を繋ぐだけというほとんどノーリスクの代価でこれほどまでの結果を得られるという発動条件に対してというより
「手をつなぐことで発揮できる力がどんどん増えていく」という力の内容そのものにあったと思われます

現実世界においても、何かを成し遂げようとする時には誰かと協力することが必要となります
自分1人だけでやれることは限られているが、誰かの助けを借りればできることは大きく広がっていくとは
誰もが知っていることでしょう

そこにおいて、「手を取り合う」という言葉に表現されるように、握手という行為に明示されるように、
「手を繋ぐ」というのは「協力」を最も象徴するものでした

だからこそ、「手を繋ぐ」という行為によって実際に発揮できる力が2倍にも3倍にも100倍にも増えていくというこのフレアの力は、読者の生きる現実とフィクションたる作中世界とを絶妙なバランスで紐付け、読者の実感を誘った巧妙な設定であったのです

古味作品を語りまくったこちらの記事では、これを「壮大な親近感」として理解しましたが、
この力の設定によって古味先生の意図したのはそういうことであったでしょう



さらに、この力によって今後の展開において、あることが予感させられました


シスターたちと手をつなぐことの意味が問われる場面です


フレアの力を発揮するには、手を繋ぎ合う必要があります
必ず肌に直接触れなければならないとは作中で明言されてはいませんでしたが、おそらく服越しでは意味が無いものでしょう
普通の人同士であればさしたる問題のないことではありますが、そこにシスターたちが関わることになった時
意味が大きく変わってくるのですね

触れれば感染するトロイ患者に触れて治療を行うシスターたち
もちろん彼女たちもトロイ感染者であるわけで、そんな彼女たちとともにフレアを発動しようとすることは
「トロイに感染すること」と同じ意味を持ちます

手を繋ぎ合うのがキリやシスターたちだけならいいでしょう
しかし、何かの際に大勢で手を繋ぎ合って大きな力を発揮させることが必要な場面となった時
助けを借りられる人の中に一般人とシスターとが混ざっていたとしたら

どうしても誰かがシスターに触れなければ力が足りず、状況を打破できない、だが誰がトロイと引き換えにそれをやるのか

そんな展開が浮かんでくるのです

協会本部に辿り着く直前の場面なのか、あるいはまだまだ道中のさなかでなのか、それはわかりませんが、
「触れたら発動するフレア」と「触れたら感染するトロイ」の葛藤がどこかで描かれるだろうことは間違いないものと思われました



しかし、このフレアもまた、上述したような浅さと呑気さの影響によって、その印象が変わってくることとなりました

すなわち、期待感の減退です


2人で手をつなげば2人とも身体能力が2倍となり、3人なら3人ともが3倍になるというほとんど無尽蔵のようなこの力
深刻な雰囲気が維持されている中だったならば、ガゼルに狙われる状況下において「対抗手段の1つ」となっていたはずです

しかし、聖アルル教会での戦いでこの力が戦闘に活用できることに気づいた後も
ゼズゥによって自分の無力を痛感させられたキリがファランに会う理由は護衛を頼むためであり、
フレアの力を「自分たちが戦えるようになるための武器」の1つとして理解しているような様子はありません

ファルゼン部隊が全滅したという連絡を受けて、ようやくフレアの力を前提に2人で戦う術を求めたことは
厳しく言えば遅いくらいのものでした


ファランに会う理由は手を繋いだままでも戦える方法を求めるものでなければなりませんでした
「新たな護衛の候補」では、キリが抱いた無力感が空気化してしまうからです

「誰かを犠牲にして逃げるなんて嫌だ」と言い張って戦闘の場に戻り、結果としては生き延びながらも
結局ほとんど何もできなかったことを悔やみ、「俺のために誰かが傷つくことになるのは嫌だ」と口にしたキリ




俺に力がないならどうにもできない

こんな思いは二度とゴメンだ

ここまでのことを思いながら、感じておきながら、次の行動が「別の護衛」を探す、ではあまりにも拍子抜けしてしまうのです
護衛を必要とすること自体はいいのですが、「自分たちも戦う」ことへの意識がいまだ薄いためにフレアの重要性も薄くなっているのです

手をつなぐという条件のみでほとんど無限に力を倍加させていける「フレア」の力を持っていて、
なおかつ「何もできないことが悔しい」「自分のために誰かが傷つくのは嫌だ」と強烈に感じていながら、
「自分も戦う」という結論を出すのがあまりにも遅い

それもまた、他の要素と合わさって浅さと呑気さを醸しだすものとなり、ひいてはせっかくの期待感をも減退させることとなったのです



「序章」だけで終わってしまった物語


何だか途中からは否定的なことばかり書いてきましたが、打ち切りマンガをこき下ろしてやろうなんて気持ちは微塵もありません

こんなにも語りたくなるくらい俺はこの物語が好きなんです


だから、色々書いては来ましたが、それでもやはりこのマンガは名作になれる素質を秘めていたと思っています

ただ、面白さの見せ方と示し方が少しばかりマズかっただけ


「常時繋ぎっぱ」という最大のウリは、緊張感さえ維持しておけば、主人公とヒロインのドキドキな展開を
いくらでも可能にする最高レベルのラブコメシチュですし

世界的な感染症を根絶できる希望も、主人公に付与される特別性としては王道のものでした
それを逆手に取って、「シスターたちに触れるのは主人公だけ」という状態にしたことも期待感を煽るもので

言ってみれば、一種のハーレム的状況なんですよね
トロイを気にしないでシスターたちに触れることのできる主人公は、やろうと思えば
一般人の手が出せないところでいくらでもシスターたちとイチャコラできる状態なのです

ラノベのタイトル的に言うなら「彼女たちの体に気兼ねなく触っていいのは俺だけらしい」とかそんな感じでしょうか

それもまた、「常時繋ぎっぱ」と合わせて少年たちへの訴求力としては相当なものを持つシチュエーションでした


そして、双戦舞
作品のタイトルを冠して「ダブルアーツ」と呼ばれることになる2人だけの戦闘は
バトルという状況下において、優雅で優美で上品な雰囲気を纏わせることのできる稀有なスタイルでした





双戦舞1

ぴーんと伸びたエルーの左手が示すこの躍動感
雨のように降り注ぐ大量の矢を優雅に躱すこの姿こそは、双戦舞の美しさを最も象徴するシーンといえるでしょう

襲われている真っ最中だというのに、ここには緊張感や危機感は殆どありません
それは、これまで語ってきたような浅さや呑気さとは違って、「やるだけのことをやった」という自信に裏打ちされたものであり、彼らの本気を損なうものではありませんでした

むしろ、ようやく戦い方を得て、自分たちの力で前へ進んでいけることへの希望を示す明るさに満ちたシーンなのです




だから、それに喜びを感じるエルーの表情が映えるし

双戦舞2




不意に目が合って赤面するというラブコメ的イベントも、戦闘中なのに自然に起こせるという

双戦舞3




見た目の優雅さだけでなく、演出としても充分に魅力的な双戦舞のこの美しさは、
連載が続いていけば、物語をきっと綺麗に彩ってくれたことでしょう



どうすれば『ダブルアーツ』を完結まで描き切ることができるのか


俺の考える打ち切りとなってしまった原因、読者の期待を次第に失っていった原因は、これまで述べてきた通りです

だから、「じゃあどうすれば打ち切られずに完結まで描くことができたか」と言えば、その逆を行くしかありません


すなわち、キリというトロイ根絶の希望に対してもっと本気に、もっと真剣に、もっと深刻になること


エルーは、早くキリを本部へ連れて行こうと逸ってしまうくらいでもよかったでしょう
物理的な距離を考えれば誰かの助けと護衛なしでは難しい道中と頭では分かっていても、
こうしている間もどこかで誰かがトロイに冒され、また消えていっていると思えば、いてもたってもいられなかったはずです

そんなエルーを諭して宥めつつ、協会本部は最強部隊の派遣とともに、たとえば国にも働きかけて
移動中のリスク排除に向けて考えられる最大限の措置を実行すること

シスター協会とは世界的な病に対する唯一の治療ができる集団なのですから、それなりの社会的発言力と存在感を持っているはずです
それらすべてをフル活用して、どれだけ大げさでもどれだけありえないと思っても、ただ1人の一般人を移送するために
最高・最大・最強の安全対策を実施する

もちろん、シスター協会の働きかけで大規模な策を実行することはガゼルに対する無用なアピールとなってしまいますから
場合によって秘密裏な作戦としたりすることも必要だったでしょう

しかし、どんな場合であっても「キリを本部まで連れてくること」に対してのありとあらゆる万全な措置を実行しようとする本気の姿勢が協会本部には必要でした

そうでなければ、シスターたちの悲劇性をあれほど強調した演出が意味を持たないからです


こうした「本気の姿勢」は、『ダブルアーツ』に限らずどんな作品でも必要なものです
「負けられない」とか「やらなきゃならない」とか言いながら、敵と出会って戦い始めたら舐めプだったり
しょーもない意地やプライドで先走ったりして窮地に陥ってることで、主人公たちの「真剣さ」が読者に実感できず
「ただ何かやってるだけ」と映ってしまう結果人気を得られない作品は数多くあります

『ダブルアーツ』も性質としてはそれらと同じ状態となっていますが、しかしこの物語の場合は
「常時繋ぎっぱ」という期待を煽る設定とともにシスターたちの悲劇性が最初に強調されてしまったことで
その性質が余計に印象づけられてしまったのです

だからこそ、最初の期待が大きかったぶん、どんどんそれがしぼんでいくことになってしまい、行き着いた先が打ち切りだったのです



未だにこのマンガが好かれる理由


全23話で打ち切りとなり、その原因もつぶさに考えていけば仕方ないと思えなくもないこの作品が
こんな記事を書く俺のように、あるいは連載復活を真剣に望む人のように、ジャンプ+での復刻連載が実現されるように、
どうしてこれほどの支持を未だに得ているのか


それはもちろん、最初に示された「常時繋ぎっぱ」という最大のウリに対する期待感であるとか
フレアの持つ「壮大な親近感」への期待であるとか、 それらを諦めきれないことにあるでしょう


何より、「彼らの旅が行き着いた先」が作中で明確に示されていることが余計にその期待を煽るんですよね
それが連載最終話で1コマだけ描かれた「いつかのエルーの姿」




現在のエルー


隣にキリはおらず、その手はペンとノートを握ってどこにも触れていない

自室で1人ペンを走らせている彼女の姿が意味するものが何であるかは当然わかるでしょう

そもそも、第1話の時点からこの物語の行く末は暗示されていました



この時の私はまだ知らない

物語は始まった

この物語は、すでに結末を迎えたエルーがかつての出来事を振り返る形で描かれているのです

だから、どんなに困難な状況になったとしても、どんなにシスターたちの悲劇性が強調されたとしても
結末が明るいものとなることは確定していたのです

エルーが回想しているにしては、他人のモノローグやエルーが知らないことも普通に描写されてはいますが
まあそこは漫画的なお茶目ということで理解できるでしょう

それよりも、ナレーションのような形で時折挿入されるエルーの心のうちが
後から振り返っている形式でありながら間違いなくその時の心情を端的に表現するものとなっていることが
より強く物語への感情移入を誘うものとなっていました


さらに、数々貼られた多くの伏線によって想像の余地が多く残っていることも理由の1つであると思われます

久保帯人先生に「BLEACHやめてゾンビパウダー描け」と言う人がいるように、伏線を多く残して終わってしまった打ち切りマンガはやけに魅力的に見えたりする部分があるからです


4つの種族に分けられるという武の民、壁の民、あと2つは?
キリは何の民なのか?
「今後一切他人のために力を使わない」というファランの過去は?
ティセラの言うファランの運命の変化とは?
100年以上前から活動しているという「ガゼルメンバー」の正体と目的は?
彼らがボスと呼ぶ女性とは?
フレアの力とトロイの関係は?


まあざっと並べるだけでもこれだけあるんですね

それぞれ作中の根幹や世界観と関わっているもので、その深さを気にさせるようなものです
だからこそ、その深みが実際に描かれることを望んでしまう


たとえばもし連載が復活したとしたら


もし、万が一、『ダブルアーツ』の連載が復活するとしたら、そんなことを夢に見ることもありましたが、
実はそこには1つの矛盾があるんですね


そのマンガは果たして、あの時俺たちがあれほど楽しみにした『タブルアーツ』と同じ作品といえるのか

ということです


たとえば、復活の形式がこれまで述べてきたような欠点や短所を踏まえて練り直したものを再度第1話からということになれば、 どんなに読者に訴えかけるものがあっても「あの時好きになった作品」と同じものとは言えないでしょう

また、23話の続きから再開されたとしても、『ニセコイ』の連載によってマンガ家としての技量とともに
考え方や方針にも多少の変化があっただろう古味先生が改めて描く物語は、やはり「あの時俺たちが好きになった作品」とはどこか異なってしまうのではないか

そう思えてなりません


単純に絵柄だけでも、短篇集のカバーに描かれたキリとエルーの見た目はシュッとしてしまっていますからね


恋の神様4



ラブコメである『ニセコイ』に合わせて、可愛らしさを描く技量が上がったことがその理由でしょう
そのタッチのまま『ダブルアーツ』を描こうとすれば、イメージの形成に最も働きかけるものとなる絵柄の変化は
「コレジャナイ感」を醸し出すことに繋がってしまうのではないかと思ってしまうのです


しかしそれでも、復活を望まずにはいられない


矛盾する気持ちが同時に存在しています


2人の旅の行く末を
トロイの原因と正体を
シスターたちの救済を
2人の恋模様の将来を

見届けたくて仕方がないのです


だからジャンプ+でかつて連載された話が復刻掲載されるということには驚かされました

ひょっとしたらという願望と、まさかという懸念とが同時に襲ってくるこの気持ち


毎回の終わりに「この続きはコミックス○巻に収録!」と表示される宣伝が、最終話の後には
ひょっとして「この続きがジャンプ第○号から読める!」なんてことになっているんじゃないか

そんなことを妄想してしまうのです


そんな期待と懸念


ラストに向かっていくにつれて、何だか尻すぼみになっていってるような感覚は読んでいてあると思います
しかしそれでも、間違いなく面白いマンガであると断言できる


ジャンプ+での復刻掲載でこの作品に興味をもった人は、忘れないでいてください
以前から知っていて打ち切りを残念に思っている人も、忘れないでいてください


これほどの可能性を秘めながら、それでも打ち切りとなってしまったことを
これだけの欠点がありながら、それでも再開を望む声が上がることを


俺も忘れません

こんな長い記事をここまで読んでくれるくらい、この作品を好きな同志がいることを




COMMENT▼

No Subject

私は、あの「ユルさ」も含めて好きだったんですけどね。

自分は確かちょうどジャンプ離れしている時に掲載されてたので全く読んでいなかったのですが、今ジャンプ+で読んで確かに面白いと思います。しかし客観的に見て、設定は確かにオリジナリティーがありますが両主人公とも外見性格共にやや薄い気がします。脇役の強い2人の方が存在感が強いんですよね(^^;
また手を繋ぐという設定に読者が新鮮さを感じるのは最初の数話だけで後は慣れてしまうのとその上主人公達の間でも手をつなぐという状況に慣れていってしまっているため相乗効果で急速に設定の新鮮味が失われて行ったのではないでしょうか?そこでその設定にさらなる特異性を付与しなければなりませんが、それが今ジャンプ+でちょうど次回から修行となる手をつないだ状態ならではの戦い方がそれに相当するも既に時遅しだったのではと思います。自分達が修行せず周りに頼る期間が長過ぎて多くの犠牲者を出すに到ってしまったのも問題だっだと思います。
結論として作者が手を繋ぐ設定を生かしきれず、またその設定をキャラの魅力に昇華させるまでに至らなかったのだと思います。
ちなみにこの記事が長過ぎて最初の4分の1しか読んでいないので内容が重複していたらすみませんm(__)m思い入れがない人間の戯言で不快になったらすみませんm(__)m

No Subject

久々ですな土曜の記事更新w

「温めてきた題材は直ぐにやらせるな」…この思いが強く働く作品です。
これ言っちゃったらアレなんですが、ジャンプ以外だったら打ち切られる前に花開きました。
あの緩い感じも「そうは言っても思春期の男女だもの!」を描くには適切な部分でした。
ペース配分を間違えた、または掲載誌を選び間違えた
が主な理由と私は思っています。まあ確かに設定の詰めの甘さも見られますけど。
それも踏まえて言い直すなら実力不足のまま挑んでしまったのがそもそもの失敗。
私はリメイクされたダブルアーツが連載されても「それはそれとして楽しむ」の姿勢です。
読切と新連載が別であるように、打ち切りとリメイクも別。比べるだけ野暮ってもの。

武⇔壁 与⇔奪 即ち身体能力⇔技術 フレア⇔トロイ

トロイという病ですが、なんとなく生存軸のシフトであって死んではいないだろうなと。

古味先生「ニセコイ終わったらダブルアーツを是非!」
久保先生「ブリさっさと終わらしてゾンビパウダーを!」
富樫先生「ハンターさっさと終わらして筆を置け」

とてもいい記事でした

愛が溢れるとてもいい記事でした。泣けた。
ラグエルさんの、「早すぎた連載」というフレーズが一番スッと落ちました。

思えば私も1話で多大に期待したものの、
「なんだかガンガンっぽい」
が最初の感想でした。
思えばそれも、期待と共に(悪い意味で)若さを感じたための気がします。

今や大人気作家の古味さんですから、間違いなく素質はあったわけで
編集者がもう少し丹念に彼のいいところを拾い育てる
時間があったればなあ、と感じます。

しかし、この失敗のお陰で古味さんが自分を見直し
今の成長を得た面もあるでしょうし、
作品自体は憂き目に遭いましたが、
その是非を語るにはとても難しそうです。

古味さんのインタビュー記事なんかを読んでみたいですね。

Re: No Subject

皆様コメントありがとうございます。

3月末から3週間くらい掛かって仕上がった記事ですが、お楽しみいただけたでしょうか。


こんなにも皆さんの反応が気になる記事は久々のような気がします。語りたいことが次から次から湧いて出てきて、まとめきるのが大変でした。ひょっとしたら書き忘れがあるかもと思うと、なかなか公開できなかったところもありました。しかしこうして反応をいただけると書いた甲斐があります。

記事中で「呑気」と表現したキリとエルーのユルさ。それ自体は俺も好きなものではあるんですが、強烈な悲劇性と合わせて描くにはちょっと不自然だったんじゃないかと思っての指摘でした。

いや、あのくらいゆるくないと「常時繋ぎっぱ」なんてやってられないと思うんですけれども。


俺も含めて皆様色々指摘することは、おそらく同じ所に収斂するものだろうと思うんですよね。見ている角度が違うだけで、本質はおそらく同じことだと思っております。だから皆さんの指摘も俺にとってはなるほどと思えるものばかりです。

長すぎて最後まで読めなかったというだいまおーさんのお話も、一理あるものと思いますのでそんなにお気になさらないでいいですよ。

「早すぎた」とは、何だかニセコイ後の復活願望が含まれているような気もしますがw


本当にもったいない作品でしたね…

好きです。

初めてコメントさせて頂きます。

帰ってきて欲しい漫画ってありますよね。
打ち切られた後からずっと「良い漫画なのよ?」と周囲に言い続けていたのですがこう、改めて文章として拝見するとなんだか嬉しい気持ちにならせて頂けました。

復帰した物は某ライジングさん位しか思いつかないのですがアイアンナイト共々、帰って来て欲しい限りです…。

呑気とか緊張感とかリアリティーとかいろいろ言ってるけど、そんなん気にして読む小中学生はいないと思うよ。
それに、常時緊張状態にあるよりかは、呑気に振る舞うことの方がリアリティーはあるように思う。パンとか色々ただのネタじゃん。
大人からすればテンポも特別に悪い。という程でもない。だけど、少年向けのジャンプとしては、派手さとかストーリーの分かりやすさが足りなかったせいじゃないかな?ストーリーが死を深く扱い過ぎているってのもあるし。単純に子供受けしなかったんだと思う。
個人的には、設定や世界観、テンポ、絵の質もどれも面白いし、なぜ打ち切られたのか分からないレベル。でも、これは大人の感想だからな…
結果論的には打ち切りで成功したのかもだけど、続けても成功したかもしれないし、編集者の判断はなんとも言えないが…

最近読んでだいたい同じ印象を持ちました

同じ手をつないだまま、という制限があって円満に終了した青年漫画があります、おっしゃるとおりそこにヒロインの気恥ずかしさとかツンツンした態度があったほうがドタバタして面白いんですよね、それが本作では描けなかった

それと教会からの呑気な指示でテンポが悪い件ですが、おそらく敵の黒幕はまだ姿を見せてないあの女性ですよね?一応つじつまがあうかなあ、と思っています

とにかくモヤモヤするんで、人気作家特権で完結させてくれないかなあ?

ジャンプは読んでないためジャンプ+でダブルアーツを知って面白い!と思ったのに三巻で完結(・_・;
あ〜、残念ですよね〜。しかし熱いファンがこうやって書いてくれるのは作者も嬉しいでしょう♪

ニセコイも読んだけど私はダブルアーツのが好きです。絵のタッチも変わってしまいキャラが丸くなったと言うか…。

続編は読みたいですね! 再スタートだともう昔とは違うでしょう、昔のが良かった〜とか思うかもしれませんが、このまま尻切れトンボのままよりキッチリ完結して欲しいです!(≧∀≦)

こちらの記事も長編でお疲れ様です。
楽しく読めたので感謝ですm(_ _)m

No Subject

rexelさんありがとうございました。

>>zoeさん
よろしければその作品を教えてもらえませんか。
探してみたんですが、あたりがつけられなくて。

Re: 好きです。

皆様、熱いコメントありがとうございます。

改めてこの作品のポテンシャルを感じました。
同じ印象を持たれた方もそうでない方も、この記事が『ダブルアーツ』という作品を考える切っ掛けになったとすればそれはそれで満足です。

zoeさんの仰る黒幕とは、エルーと何度も通信していた彼女のことでしょうか。確かにそんな雰囲気がないこともないですね。あえてボスが女性であることが示された理由は、おそらくシスターであることの暗喩なのでしょう。その辺が明らかになるまで読みたかったですねえ。

>名無しさん
仰るとおり、これは大人の感想というか考え方としてあーだこーだと理屈をつけてみたものではあるんですが、少年たちが読んでもきっと何となく感じたんじゃないかと思うことを言語化してみたという意味合いもあります。まあメイン読者層である少年たちに実際どこまで受け入れられていたのかはわかりませんが、13話目にして表紙&センターカラーとなるほど編集部もプッシュしていたのに、そこから10週後に打ち切られてしまったことは明らかに何かが足りなかったあるいは余計だったということだろうと思います。

そこには子供受けということ以上に、もっと決定的な要素があったのではないかということで考えてみたのでした。


>xitongさん
いえ、こちらこそ。

似てると感じたのはB-SHOCK!という漫画です

お互いに常に一定距離以内にいないといけないというダブルアーツと同じ制約があります、さらに寝るときも学校でも常にいっしょにいないといけないので、お互いに好きじゃないのにまわりからは恋人同士と思われてしまうという話です


いま考えるとダブルアーツとニセコイの要素をそのまま足した設定に思えますが、これは古典的なネタらしく、全く同じ設定のウェドロックという映画もあります


作者の方も子供の頃にこの映画を観てダブルアーツやニセコイを描くヒントにしたのかもしれませんね

No Subject

個人的には色々理由を付けるよりも先に
ジャンプの結果主義と読者の先の急ぎ過ぎが理由に思えますね。

小説(ライトノベルではなく)では前置きというのはしっかりと入念に準備されますし
それが後になってあの時の描写が、あの前置きがと
伏線になったり想像の世界を歩く中で重要なエッセンスになってきます。
読者に子供が多いジャンプでは特に勢いだけでいい
という脳味噌カラッポ症候群な読者が多く
丁寧な描写を見逃す、伏線を覚えていない、難しい事は完全スルー等
脳を使わない、ある意味漫画らしい読み方をするので
記事の筆者さんの言うような作品が原因の理由というのは
なぜ理解されなかったかであって作品の欠点ではありません。

正直このレビュー記事を見ていて思うのは
分析している気分になって思い出を語ってるなー、ですね。
作品のあり方は千差万別という根本を否定しちゃってますから。
始まり方、展開の仕方、ジャンプで売れる作品にはテンプレートのようなお決まりごとがありますが
盛り上がりまで待てなかったジャンプの編集部のミスが一番致命的ではないでしょうか。

最後に、続きを書くとしてという話ですが
作者の多くは脳の中に作品ごとの世界を持ってる人がほとんどだと言います。
その世界は時間が経つにつれて変わるものではないといいます。
絵柄は大きく変わるでしょうが、作品自体の本質が変わるとしたら
第三者、例えば担当の人間のせい、という方が大きいかもしれません

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

>ZOEさん
ぐぐってみました。確かに似た設定の作品ですね。ちょっと読んでみたい気持ちになりました。

映画でも似た内容の作品があるんですか。そこが古味先生の原点だとしたら、興味深いな…。


>名無しの日本人さん
冷静なご意見ありがとうございます。

「思い出を語ってるだけ」というのは意外とそのとおりと思いました。連載が始まって期待感が一気に膨らんで、だんだん萎んでいきつつも「まだだ、まだ(ry」と思っていたところに打ち切りだったとショックを思い返しながら書いていたので、多分に思い出混じりになっていたことは否定出来ないと思います。

理解されなかった理由と作品の欠点は違うというのも、一理あるように感じますね。このことはこれからの考察において注意したい点のように思えました。

作者の中で作品ごとの世界観がしっかり確立されていて、もし再連載となってもあの頃と同じ作品として読めるのならば願ってもないことですが…。編集部まで含めて考えるとそういうわけにもいかないんでしょうか…。

言いたかった期待や不安を文字に起こしてもらえて嬉しい

Re: タイトルなし

どうもです。名無しさん

超長い記事でしたが、お読みいただいた上に共感していただいたようで、ありがとうございます。

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